Taiwanese plants
- 4月2日
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2026年3月末。初めてのアジア旅、台北へ行ってきた。仕事では中国には行っていたのだが、プライベートでは初のアジア。忙しない日々の中に、こうしたプライベートの旅ができること。今ある環境、全てに感謝したい。台湾は行く人行く人みんなが最高!と口を揃えて言っていたので、いつか行きたいと思っていたので行けてうれしい。とにかく、食べて、歩いて、食べて、歩いて、食べた。美味しくて安いって素晴らしい。台湾に行っても、やっぱり私の目に入るものは花たちだった。

土日のみ開催しているフラワーマーケット。着いた日が日曜日で運よく足を運ぶことができた。ここは仲卸というよりは一般客向けに解放されたマーケットで地元の人で溢れかえっていて、多くの人が花を、植物を、求めて集まっていた。

さすが台湾、南国感のある亜熱帯で元気に育つ花たちで溢れかえる。行った時期もちょうどお花が咲き始めた頃で、ブーゲンビリアや胡蝶蘭など、日本では主として咲かないような花が多く見られた。


ここは、さまざまな胡蝶蘭を多くセレクトされたお店でとても素敵だった。バンダやエピデンドラムなど好きなお花や見たことがないお花が多くあって、大興奮。写真撮ってもいいですか?と伝えて、少し写真を撮らせていただいた。その地ですくすく育ちやすい環境であること。花にとっても生きやすい環境ってそれぞれあるんだなあと、異国の地の花を見て改めて感じた。
少し街路地を抜けて、小道を除くと、しっかりいる。緑たちが。鉢植え、ベランダから溢れ出すブーゲンビリア。公園の巨大な木。屋久島かな?と思わせるような締めごろしされた木たちが街の都会に急に現れる。伸びて、垂れて、咲き誇って、なんだか人間よりも台湾の植物たちが主導権を握っているような、人よりも主人公に見えた。そして、伸び伸びと育つ植物と一緒に共存している台湾の人たちも、なんだか清々しい。時には、壁を通してしまう樹木、壁にへばり付く木々。「やっかい」といえばそれまでだけど、「仕方ない」なのか、これが植物だから。と言わんばかり、そのまま何も手を入れずに育っている様子だ。











異国の地は歩いているだけで、楽しい。それは、植物や花を好きだと余計に目が忙しく、楽しいのかもしれない。やっぱり、私はどこへ行っても花に夢中だった。自分が興味関心があることを改めて気づけた旅だった。自分がいつもと違う環境に身を置き、自分のことを知るきっかけをくれるのが旅なのかもしれない。自分を解放して、少しばかり仕事と距離を取って、好きや興味をくれる時間なのだと今回の旅で気付く。自己理解という言葉が正しいかはわからないのだけど、きっと自分のことを知ることって、難しいなと日々感じる。
難しいから、旅に出たり、自分を解放する時間という作業が必要で、けどその作業をするには、日々何かに向き合っていたりしないと旅に出てもそれを感じることはできないんじゃないかな。何かに向き合ったりする内容は人によって様々だけど、やっぱり仕事なのかな。今回の旅では、「自分をいかして生きる」という西村佳哲さんの文庫本を持って機内に乗った。往復の飛行機で読み終えて、とても清々しい。最後の一節、心に留めて置きたい言葉をここに残したい。

やらされてやるような労働はしたくないし、してほしくもない。どんな難しさがあろうと、一人ひとりが自分を突き動かしている力、
この世界に生まれてきた力を働きに変えて、つまり<自分の仕事>をすることで社会が豊かさを得る。そんな風景を本当に見たいし、自分もその一端で働き、生きてゆきたい。—「自分をいかして生きる」 あとがきより。

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